>>ギャラリーへ戻る

まわりみち

 今年の初め慧音に出会った。知り合ってから数週間は、特になんとも思っていなかった。すぐにまた、無数にある記憶の中に彼女も埋もれていくのだろうと無意識に考えていた。

 けれど、どうしてか、そうはならなかった。
 春、夏、秋と時が過ぎてゆくたびに、慧音は少しずつ大きな存在になっていった。こんなことは長い人生の中ではじめてだった。

 ただただ心の内で大きくなっていく慧音が恐ろしかった。私と彼女の絶望的なまでの差が、互いの距離が近ければ近いほど、ある点を境にして私に壮絶な痛みを与えることが明白だった。

 以前にも増して家にいる時間が減った。ここ一ヶ月ほど彼女には会っていない。

 逆に散歩をする機会は増えた。その距離も時間も、日に日に延びた。

 自分自身を守るのに必死だった。







 さく、 さく、 さく。
 雪の中に小さな足音。
 さく、 さく、 さく。
 きらきらと光る氷の粒が割れる音。
 さく、 さく、 さく。
 自分が存在しなければ聞こえる音はなにひとつない。
 
 主張するものはなく、木も岩も風さえも、その存在感を極限まで殺している。全ては風景。確かにあるが、張りぼてに描かれた背景のように私の目には映る。
 森の奥は暗がりになっていて、先は二十メートルも見渡せない。
 視線を落とし、足元を見る。進む先は真っ白で、ひどく希薄で、不安定だ。踏み込んだ途端にどこかへ落ちる自分を幻視する。
 吐いた息は白く煙り、しばらく辺りを漂って消えた。





 妹紅は森の中を歩いた。
 がさりと前方で音がした。大きな木の陰から、黒い三角帽子を被った人影がひょっこりと姿を見せた。
 霧雨魔理沙だった。
 妹紅に気づくと、魔理沙はがさがさと雪を掻き分けて大またで妹紅に近寄った。乱れたマフラーを厚い手袋をはめた手で直しながら言った。
 「よう。こんなところで会うなんて奇遇だな。」
 「ああ、お前か。こんなところで何してる?」
 妹紅は尋ねた。魔理沙は口元をにやりとさせながら答えた。
 「いや、なに、このミニ八卦炉でどのくらい雪が溶けるのか実験しようと思ってね。お前こそ何してるんだ?」
 魔理沙は気軽に聞いた。妹紅は言葉を濁した。
 「……散歩だよ。」
 「散歩かよ。つまらんな。もっとなんか楽しいことした方がいいぜ。人生短いんだしな。無駄に使える時間なんかないんだぜ。」
 魔理沙はけらけらと笑って言う。妹紅は自分のつま先を見ながら言った。
 「私の場合、生きる時間は無限だ。死ぬことはあっても、命を失うことはない。人生に限りのある、普通の人間とは違うんだ。」
 「あー、そういやそうだったな、変わった人間もいたもんだ。」魔理沙はそう返すついでに言った。
 「ところでおまえ、見るからに寒そうなかっこしてるよな。真冬に防寒着なしでシャツ一枚ってかなり怪しいぞ。それこそ真夏にコート着てるよりもな。せめてマフラーくらいしろよ。見てるこっちが寒くなる。」
 魔理沙は両手で肘をさすった。
 吐く息が白い。
 
 「なあ……」

 初めは、ちょっとした好奇心だったのかもしれない。

 「お前はさ、」

 この、自分の十分の一も生きていない少女が、
 
 「人生って何のためにあると思う?」 

 何か、答えを知っているような気がした。

 が、魔理沙の返答は実にそっけなかった。
 「あー?そんなの、寝て食うのが一番だろ。」
 完全に肩透かしを食った。もしかしたら――と期待していた妹紅は損をしたような気分で言った。
 「お前、人生は短いとかさっき言ってたろう。有益なことしようとか、普通考えるんじゃないか。」
 「ん?ああ、言ったけど。でも、よく考えてみろよ、お前と違って私の寿命は長くない。健康マニアになってみたところで、たかだか百年やそこらだ。そんな短い時間の中で人間はいったい何ができるよ?せいぜい寝て食う程度が関の山さ。墓標に一言でも功績を書ける奴の方が珍しいくらいだぜ。」
 果たして、この少女はこんな性格だったかと妹紅は思い返してみた。もう少し図太く生きているのだろうと考えていたが、見当違いだっただろうか。
 「お前、結構悲観的なものの見方をするんだな。知らなかったよ。」
 「いやいや、話は終わってないぜ?そんなわけだからさ、私は真似事の魔女じゃなく、本物の種族的な意味での魔女になりたいのさ。アリスあたりそこら辺のこと教えてくれねぇかなーとは思ってるんだけど。自分の成果を人に教えないのが魔女のしきたりみたいなもんだからな。だが、もし魔女になれたら、寿命は十倍にも百倍にもなる。そうなったら、もうちょっと高尚なことも考えてみるぜ。」
 そう聞くと、確かに彼女の話はもっともだ。もはや科学の分野だけを見ても、古代とは違って、ひとりが全てを網羅するほど狭い世界ではなくなっている。紙が生まれ、人々が記録を残すようになってから世界の情報量は莫大に増えた。それこそ、千年でも、万年でも生きないと、この世の森羅万象、全ての分野に精通することなど到底できないだろう。
 ある意味で、魔理沙はしたたかなのかもしれないと、妹紅は思った。









 妹紅は森の中を歩いた。
 大きな岩の横を通り過ぎようとすると、横から走ってきた誰かが死角から飛び出した。妹紅は避けきれず、その人物と直角に激突した。
 「お」
 「ぐはっ!」
 妹紅は少しよろめいただけだったが、ぶつかってきた人物は盛大に転んだ。転んで、なんとも上手いことに顔面から雪の山に突っ込み、首まですっぽりと雪に埋もれてしまった。
 その人物はチルノだった。
 「おお、大丈夫かお前。」
 チルノは突っ込んだ頭を抜こうとじたばたしていた。妹紅は十秒くらいその様子を眺めた後、彼女の腕を引っ張って首を山から抜いてやった。
 「ごほ、げふ、げふ、なぁっ!もう、なんですぐ助けないのよ、バカ!」
 口に入った雪やら土やらを吐き出しながらチルノが叫んだ。頭のリボンはよれてぐしゃぐしゃになり、両耳と鼻の先は真っ赤になっている。
 「え、いや、まあ、あまりに綺麗に刺さってたから、眺めないのも失礼かと思って。……9点。」
 「あぁ?なんで100点じゃないんだ!」
 論点はそこか、と妹紅は思った。
 「ところで、今何してたんだ?チルノ。」
 妹紅は何気なくチルノに問うた。
 とたんに、今まで眉根を寄せてこちらを睨んでいたチルノの顔が急に明るく輝きだした。まるで面白いおもちゃを見つけた子供のように、純粋な笑顔になった。
 「雪ででっかいカエル作るの!」
 チルノは両腕を目一杯広げてカエルの大きさを表そうとした。
 「そんでね、そいつをコテンパンにやっつけるのさ!リベンジするんだ!あたいがサイキョーだってことでね!」
 そんな、自分で作ったカエル(しかもただの雪のかたまり)をコテンパンにしたところで強くなるわけでもなし、意味は無いように妹紅には思えた。しかし、シャドウボクシングをするかのように、見えない敵に向かって見えない弾幕を繰り出し始めたチルノを見て、妹紅は水を差すのをやめた。その時のチルノの横顔は真剣だった。一切曇りのない瞳は、架空のカエルをひたりと見据えている。強い眼光から気合ビームのようなものがビリビリと出ている。妹紅のことなど忘れてしまったように、チルノは空想バトルにすっかり夢中になっていた。
 あまりにチルノは無垢だ。たんにバカだとか、単純だとかいうものではないという気が妹紅はした。妹紅は、そんなチルノの姿を見て、どうしてそんなにひとつのことにひたむきになれるのかということを問うてみたくなってしまった。
 「チルノ。」
 「お、なんだ、あたいと勝負するか?」
 威勢のいい目が妹紅の顔をまっすぐに見た。妹紅は続けた。
 「いや、勝負はまた今度に。そうじゃなくて。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、お前、生きるのって楽しいか。」
 返事は即答だった。
 「楽しいよ!なんで?」 
 「辛いこととか無いのか?」
 「え?だって、毎日たのしーじゃん。雪はきれいだし、空気はつめたくてきもちいいし。
お前は楽しくないのか?」
 「そうだな……」
 妹紅は言葉に詰まった。生きることに何の疑問も抱いていないないチルノを目の前にして、どう答えたらいいのか迷っていた。ひどく明確な気もするし、あいまいで霞のようにも、妹紅は感じていた。
 「今それを考えてる。」
 妹紅の視線は足元へ落ちた。
 「ははは、人間はバカだなー。お前もどうせ、わけわかんないこと考えてるんだろ。
 もっと単純でいいんだよ。宇宙がどうのとか、なんで人間は生まれてくるのとかなんとか考えたって意味ないじゃん。どっかの本に書いてあったけどさ。」
 妹紅ははっとして顔を上げた。
 「お前、字読めたんだな。」
 「なっ、バカにすんな!ちょっとくらい読めるよ!」
 









 妹紅は森の中を歩いた。
 人の気配があった。妹紅は意識の定まらないまま、足に運ばれるようにしてそちらへと近付いていった。雪の積もった茂みを踏み分けていくと、やはり人がいた。妹紅はやや遠目からその姿を見つめた。
 その人物は、長い刀を正眼に掲げ、人に見立てた丸太に向かって構えている。ぴたりと静止した剣先は丸太の正中線を正確にとらえていた。
 その人物は魂魄妖夢だった。
 妹紅は声をかけようかやや逡巡した。すると妖夢の方が気配に気づいて振り返った。
 「おや、妹紅さん、奇遇ですね。」
 構えを解き、刀を鞘にしまって彼女は笑顔を見せた。妹紅は彼女の近くまで歩み寄った。
 「邪魔したか?」
 妖夢は頭を軽く振った。
 「いいえ、お気になさらず。森の方までいらっしゃるなんて珍しいですね。」
 屈託なく、裏に何も隠さない口調で妖夢は言った。
 「ちょっと、考え事をしていてね。」
 「それでお散歩ですか。」
 「ああ、遠くまで来れば何かいい案が思いつくかと思ったんだが……なかなかそうもいかないよ。」
 「なにか難しい問題なのですか。」
 心配そうな目が妹紅を見つめた。
 妖夢は実際、妹紅を買いかぶっていた。千三百余り生き、大方のことには達観した視点でものを見るであろう妹紅を森まで歩かせるような問題なのだから、それはそれは難解で深遠な問題なのだろう、と彼女は思っていた。
 「よかったら聞かせてもらえませんか。私では力不足かもしれませんが。」
 妖夢は『いいやつ』だ。その言葉も本当の親切心からそう言っている。主人にはいつも振り回されているというのがもっぱらの噂だが、おそらく、彼女はいつも一生懸命なのだろうと妹紅は思った。優しい彼女を部下に持った幽々子が少し羨ましく思えた。
 「妖夢は……生きる目的とか、考えたことはあるか?」
 妖夢にとってそれは予想していなかった質問だった。妖夢は一瞬きょとんとし、しかし、すぐに真剣な表情を見せた。
 「生きる目的ですか……そこまで深く考えたことはありませんが、あるとすれば、自分を磨くことでしょうか。」
 「なぜ、自分を磨くんだ?」
 そう妹紅が問うと、妖夢は少しはにかんだ。
 「私は、不器用な人間です。要領よく立ち回ることが苦手なのです。お恥ずかしい話ですが、幽々子様のおっしゃることを、私はすみずみまで理解することができていません。
 なんとかお察ししようとは思っているのですが、いつも幽々子様に怒られてしまいます。『妖夢はなんにもわかってないんだから』という風に。
 それでも、私は幽々子様の部下であり、庭師であり、側仕えなのです。ですから、少しでも幽々子様のご意向に沿えるよう、精進しなければなりません。」
 そう言う妖夢は、妹紅の目には実にすがすがしく映った。妖夢は続けた。が、その口から出てきた次の言葉は意外なものだった。
 「と、いうのは、半分は建前で……。」
 「え、どういうことだ?」
 妖夢は注意深く辺りを見回した。新聞屋を気にしてか、特に木の上をよく見ていた。自分と妹紅以外には誰もいないことを確信すると、もう一歩妹紅に近付き、さらに顔を近くに寄せたうえ、念には念を入れ、二人にしか聞き取れないほどの小さな声で話し出した。
 「あの、誰にも言わないでくださいよ。」
 妖夢はなにか恥ずかしいことを今からさらけ出すような体で頬をやや赤らめていた。
 「幽々子様のことを理解しよう、とする気持ちは本当です。でも、その反面といいますか、実は、ちょっと悔しい気持ちもあるんです。いつもいつも幽々子様はわけのわからないことも、無茶もお構いなしにおっしゃいますから。こっちがいくらがんばっても、『また妖夢わぁ~』って言われますし。そのくせ、いったい私がどうすれば良かったのか、なんてことはちっとも教えてくれないんですよ!
 ――だから、いつか、幽々子様を見返したいっていう気持ちもあるんです。驚かせたいというか、一度は幽々子様がびっくりして慌てふためく顔を見てみたいといいますか。
 ――そのために努力しているというのが、もう半分の理由です。」
 「それが、もう半分の理由?」
 「はい。もう半分の理由です。」
 それを聞いた妹紅はだんだんと腹の底から笑いがこみ上げてきた。しまいに、どうしようにも抑えきれなくなって、妹紅は声を出して笑った。
 「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
 








 妹紅は森の中を歩いた。
 「妹紅さん!」
 後ろから突然呼びかけられた。誰かと思い振り返ると息を切らせてこちらへ走ってくる者がある。彼女は確か、永遠亭の……
 「やっと見つけました。」
 呼吸を整えながら彼女は言った。
 「鈴仙……だったか。」
 鈴仙・優曇華院・イナバ。輝夜の下で働いている月のうさぎだ。
 「妹紅さん、輝夜様がお呼びです。」
 手短に彼女は用件を述べた。
 「輝夜が?」
 「はい。『いますぐとっ捕まえて来い』と……。永遠亭まで来ていただけますか?」
 妹紅は彼女から目をそらした。
 「いやだ。」
 「妹紅さん……?」
 鈴仙は表情からも明らかに狼狽していた。
 「今は、会う気がしない。それに、輝夜が私を呼ぶ理由はいったいなんだ?」
 「それは……」
 鈴仙は言葉に詰まった。うつむき、言葉を捜しているが見つからない。
 「理由、聞いてないのか?」
 「はい……ただ連れて来いと言われたまでで……。すみません。」
 妹紅は大きくため息をついた。
 お話になっていないとはこういうことだ。人に何かを頼むとき、どんな小さなことでもそれは交渉になりうる。相手が何も要求せず快く受け入れてくれた場合であっても、その間には信頼や友好を交換していることになる。今回鈴仙は切るカードを何も持たずにここへ来た。土俵にすら立てていなかったのだ。
 「お前さ、交渉下手すぎ。」
 「あう……、その通りです。」
 妹紅は一度肩をすくめてから歩き出した。方角は永遠亭。ここから歩けば、約三十分の距離だ。
 「妹紅さん?」
 「何してる、行くぞ。」
 道すがら、鈴仙に交渉術を教え込まないといけないな、と妹紅は思った。


 「あら、なんでわざわざ来たの?」
 輝夜の私室へ通り、用意された座布団に妹紅が座ると輝夜は開口一番にそう言った。
 「な、お前が、私を呼んだんだろう。」
 「そうね、でも来ると思ってなかったから。」
 「何だよそれ。」と言いつつ、妹紅は足を崩した。輝夜は肘掛に左肘をつき、腕を立て、手のひらの上にあごを乗せた、だらしない姿勢で妹紅を見つめている。その目は妹紅を観察するように、口元は物言いたげながら何か言おうとはしない。
 輝夜の視線が妹紅に刺さる。妹紅は輝夜から目をそらす。
 沈黙。長い沈黙。輝夜からはこの無音を破る気は無いらしい。妹紅はこういうのは苦手だ。
 どうにも耐えられなくなった妹紅はついに口火を切った。
 「お前、どうせ全部わかってて私を呼びに行かせただろう?」
 「なにが?」
 あくまでも輝夜はとぼける気でいるようだ。輝夜の目はどこか楽しそうに、妹紅の顔を見つめている。
 「私と、その……慧音のことだよ。」
 「だとしたら?」
 妹紅はきっと輝夜の顔を見た。不機嫌をあらわにしているが、頬にはわずかに朱が差している。
 「私は、」
 言いよどみ、妹紅は息を軽く吐いた。まぶたを閉じ、ゆっくりと目を開けて言った。
 「私は、永遠を生きる身だ。けれど彼女は違う。いつかは、その、別れることになる。だから……彼女と、あまり深く関わるべきじゃないと思ってる。今までもそうしてきた。今回もきっと、そうした方がいいんだ。もうこれ以上、自分の親しくなった人が死ぬのを見るのは嫌なんだ。」
 「それが、あの子に会わない理由?」
 妹紅はすぐに答えなかった。組んだ手の親指を無意識にもてあそび、梁の上にしつらえた欄間の鶴と亀の切り抜き細工の辺りを視線がさまよった。
 やがて、ため息をつくように低い声で言った。
 「ああ、そうだ。」
 輝夜は、
 「あーあー、もう、もこたんって本当におばかさん。」
 と言って畳の上に寝そべった。
 「なっ、お前なあ。」
 輝夜は閉じた扇子の先をびしっと妹紅の顔に突き向けた。
 「あなた、本当はわかってるんでしょう?」
 「わかってるよ。自分のことくらい。」
 けれど、それ以上は言葉が続かない。何かを言おうとはする、言おうとはするが、口から出る間際に、それが何かひどく嘘くさく、取り繕った言葉であるように思えてしまって、妹紅は躊躇してしまった。
 「素直じゃないのね。」
 「……なにがだよ。」
 輝夜は起き上がり姿勢を正した。輝夜は基本、どんなことをしていても雅さがあるが、正座をした輝夜の姿は、なかでも一番気品に溢れていると、妹紅は思った。
 「あなたはね、あの子がいつかいなくなることを、あの子との別れを恐れてるんじゃない。本当は、あなたは誰かに愛されたり愛したりっていう、人間としては当たり前のことが理解できてなくて戸惑ってただけよ。」
 素直になりなさい、といって輝夜は笑顔を見せた。輝夜は、笑った表情がいちばん美しい。妹紅はただ、口をもごもごさせて「なんでわかるんだよ」とだけ言った。
 「ふふ、だって顔に書いてあるもの。どうしようもなく好きなんでしょう?可愛くてしょうがないのよ、あの子のことが。いつまでもうじうじしてないで早く行ってあげなさい。待ってるわよ、きっと。」
 妹紅は自分の顔を両手で押さえた。鏡で確認しなくても、真っ赤になっているのがわかった。
 妹紅はひとつ大きく息を吐き、顔を上げ言った。
 「……お前には敵わないな。」
 「私を誰だと思ってるの。あなたがあと何千と歳を取ったって、私はあなたよりお姉さんなんだからね。」
 妹紅ははにかんでから席を立った。「ありがとう」と言おうとしたけれどやめた。輝夜とは、ライバルのような関係で今後もいたい。お礼の代わりに、「じゃあ、またな。」と言って廊下に出た。


 妹紅は真っ先に慧音の家へ行った。玄関のガラス戸を叩くが誰も出てこない。急いで自分の家へ戻った。裏庭まで回ってみたが、やはり慧音はいなかった。
 「……慧音、どこだ?」
 妹紅は落ち着いて考えようと思った。人里の方だろうか?いや、それとも……
 もし、慧音も妹紅のことを捜しているとしたら?
 ここ数日、妹紅は森を歩いていた。誰かに聞いて、妹紅が森の中を散歩しているということを知ったのなら……。
 妹紅は森へ急いだ。
 森の上空から慧音の姿を探した。大岩の影、大木の脇……。目を皿のようにして妹紅は慧音の姿を捜した。わずかな風の音や、枝の雪が落ちる動きにも注意を払った。
 希望が潰えようとした時、妹紅は森の端に人影を見つけた。急いで向かった。
 果たしてその人影は慧音であった。
 勢いを殺すのももどかしく、地に激突する勢いで降り立ち、妹紅は叫んだ。
 「慧音!」
 慧音が振り返った。その目に妹紅の姿をとらえ、慧音は雪に足をとられつつも、走り寄った。妹紅も走った。
 「妹紅!今までどこにいってたんだ!」
 慧音は妹紅に掴みかかるように詰めより、まくし立てた。
 「心配したんだぞ!家に行っても誰もいないし、連絡はないし!それに真冬にこんな薄着で……!風邪引いたらどうするんだ!」
 慧音は素早く自分のマフラーを取ると妹紅の首に巻きつけた。
 「慧音、怒ってるか?」
 「怒ってるなんてものか!大、大激怒だ!こんなに怒ったのは何年ぶりか、もうわからない!」
 慧音は妹紅の襟をつかむと、がくがくと前後にゆすった。
 「お前はバカだ!大バカだ!なんで、そういつも勝手なんだ!長く生きてるくせに、たまに子どもっぽいことするし!嫌いなものは残すし!いつもいつも唐突で……いなくなって……こんなに、私を、心配させるような…………ことをし……うっ…………」
 慧音は涙を流していた。両目から溢れる大粒の涙は、彼女の頬を伝い、流れ落ち、妹紅のシャツや袖を濡らした。慧音は妹紅の襟をつかんだまま、頭を妹紅の胸に預けて泣いた。声を上げ、肩を震わせて泣いた。
 妹紅は慧音の肩にゆっくりと手を回した。慧音の身体を包み込むように、できるだけ優しく、彼女を抱きしめた。自分の体温が彼女を、愛する人を、温めて、少しでも慧音の心が癒されるように。
 「ごめん……ごめん、慧音。私は、気づくのが遅かった。いや、本当はどこかで気づいてた。けれど、怖くなって、逃げてたんだ。これだけ長く生きてるのに……。慧音の言うとおり、私はとんだバカだった……。」
 慧音は黙って妹紅の言葉を聞いていた。
 妹紅の腕の中で、次第に慧音の呼吸は落ち着いていった。
 慧音はゆっくりと顔を上げた。目元はすっかり赤くなってしまっていた。少しだけ鼻水も出ている。妹紅はひとさし指の腹で、慧音の涙をぬぐってやった。
 「慧音、聞いて欲しい。」
 妹紅は真剣な顔で言った。慧音は黙って頷いた。
 「ずっと、私のそばにいて欲しい。愛してる。慧音。」
 聞いた慧音の目から再び涙が流れ出した。泣きながら、慧音は笑った。
 「妹紅がそう言うのか。ずるいぞ、自分は永遠のくせに。」
 妹紅が笑った。慧音も笑った。慧音は両手で妹紅の顔を包むようにして言った。
 「私より先に死んだら、許さないからな。」
 慧音の目は強い光を放って、輝いていた。
 「努力するよ。」
 妹紅は冗談っぽく言って、慧音を抱きしめた。













あとがき


 読んでいただきありがとうございます。著者のコウです。
 あまりにつたない文章ですが、何かしらあなたの心に残すことができたのなら幸いです。
 次回はもう少し読みやすく、(印刷的に)綺麗なものができるようにがんばりたく思います。

 私を支えてくれた全ての人に感謝をして。


平成二十一年十月十一日 埼玉某所




WEB版あとがき 


 以前書いたものにあとがきを新たに付け加えるという行為は、その作品を書いて以降の自分の努力結果を自ら鑑定するようなもので、なかなか恐ろしいことです。

 この『まわりみち』は、平成二十一年十月十一日インテックス大阪で開催された、第五回紅楼夢にて発表されたものです。当日は無料配布のコピー本としてお配りしました。
 今回、サイト上で再発表するにあたり、文章に修正等は加えず、イベントで配ったままの状態です。(レイアウトや行数・文字数などに多少の変更があります。)

 右記の“あとがき”にある、『……(印刷的に)綺麗なものができるように……』というくだりは、当時ぎりぎりまで原稿を書いていたせいで、いざ印刷という時にえらい小さく文章が印刷されてしまうという不具合が起き、出発までの時間もなかった為、やむをえず、文章画面をJPEG化したものをフォトショップで開き加工して印刷という、とんでもない製本工程の際に生まれてしまった弊害で、字がすごくカスれたように見える印刷になってしまった(当たり前ですが)、ということを反省して書いたものです。
 今となっては、事前準備の大切さを痛烈に味わった良き思い出です。当日を思い出すと地獄のような作業現場でした。

 改めて読み返してみると恥ずかしい点ばかりが目につきます。当時は一人称視点と三人称視点をどう組み合わせようか迷ったものです。どっちにも良さ悪さがありますから。
   ありがたい事に、これを書いたあと、複数の方々から感想を頂きました。ラストシーンでの慧音と妹紅の絡みが少なく物足りなかった、という声が多かったです。私も「確かにそうだな」と思いました。このことを今回の一番の反省点とし、次回に生かしたいです。
 読んでいただきありがとうございました。

平成二十一年十二月二十七日
 

>>ギャラリーへ戻る